東京地方裁判所 昭和28年(レ)117号 判決
控訴人等代理人は原判決を取消す、被控訴人が東京簡易裁判所昭和二七年(ノ)第一五三号債務協定調停事件の調書に基ずき控訴人椎名幸一に対し家屋所有権移転本登記の強制執行を、控訴人椎名正及び江口博に対し家屋明渡の強制執行をすることはこれを許さない、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、控訴人等代理人が、「控訴人等は本件月賦金を昭和二十八年二月末日以降毎月末同年六月末日まで、各金六万円宛合計金三十万円を東京法務局に供託し、なお債務残額六十万円は同年七月二十三日被控訴人に対し、みぎ金員に費用を合せて金六十五万円を提供したが、同人は受領を拒絶した。尚原判決九枚目表十二行目から裏四行目までの主張は当審においてしない。」と述べ被控訴代理人が「本件建物の調停当時の価格は百八十一万八千円である。金六十五万円の提供は否認する。」と述べ、双方代理人が「原判決事実摘示三の家屋と同六の家屋は同一物である。」と述べた外原判決摘示と同一であるのでこゝにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
本件調停の本訴に関係ある部分の内容(当事者間に争がない)の要旨は(イ)控訴人椎名正同椎名幸一の両名は被控訴人に対し連帯して金百二十万円の債務あることを認め昭和二十七年七月から毎月末日金六万円を持参支払うこと(ロ)債務者が右月賦金の支払を三回以上怠つたときは期限の利益を失い残額一時に請求を受けても異議ないこと(ハ)右(ロ)の場合においては控訴人椎名幸一の所有にかゝる本件家屋は右債務の代物弁済として被控訴人の所有となり同控訴人は被控訴人に対し所有権移転の本登記をすること(ニ)右代物弁済の場合には控訴人椎名正同江口博はその占有にかゝる本件家屋の一部を被控訴人に明渡すというにある。本訴において控訴人等は請求異議を主張し右調停条項(ハ)(ニ)の強制執行を許さない旨の判決を求めているので順次その主張する異議事由について判断する。
(一) 控訴人等はまず異議事由として「控訴人椎名正同椎名幸一は月賦弁済につき三カ月分の遅滞を生ずることなくして昭和二十七年七月分乃至九月分、十月分中金四万円合計二十二万円を弁済し、同年十月分中二万円及び十一月分乃至昭和二十八年四月分合計三十八万円を同年六月末日までに提供の上供託し、同年五月分以降の六十万円は同年七月二十三日費用五万円と共に被控訴人に提供したが受領を拒絶せられたこと」を主張するが、かく割賦弁済を怠つたときに執行をなし得る債務名義があつて債権者が遅滞ありと主張し執行をなさんとするときこの遅滞の有無は執行文付与手続(民訴法第五一八条二項・五二〇条・五二一条)及び執行文付与に対する異議手続(同法第五二二条・五四六条)において審理せられる事項であり、執行文付与を離れてこれを請求異議の事由とすることは許されない。けだし債務者は執行文付与及びその異議の手続においてこの事由につき或場合は主張立証をして審判を受け得るからこれを請求異議の理由と解する必要がないのみならず(右五一八条二項の解釈として債権者は証明書によつて遅滞を証することを要すると解する。そしてこれは多く不可能であろうから債権者は概ね同法五二一条の訴によつて執行文を受くべきこととなる)、彼にこの事由により請求異議を許し強制執行を許さない旨の判決をするときはその後債務者が遅滞をしこの遅滞に基ずいて債権者が執行文を得て執行に着手しても債務者は右判決を執行機関に提出して執行を阻止し得る(同法第五五〇条一号)という不当の結果を生ずるからである。本件において控訴人等が百二十万円の債務を遅滞なく皆済したことを主張すれば請求異議の事由として恰好なのであるが、控訴人等は本訴において残債務六十万円については只弁済の提供を主張するのみであるから仮にこの提供を真実とするも被控訴人において将来弁済受領の準備をし控訴人等に対し受領すべき旨を通知するときは所謂債権者受領遅滞の滌除が行われ控訴人等は三カ月分の月賦金につき遅滞に陥る可能性があり、この可能性の存する間は執行を許さないという裁判を求める請求は理由がないと云わなければならない。
(二) つぎに控訴人等は本件家屋は価格約九百万円で、これを金百二十万円の債務の代物弁済として所有権を移転することを約するは債務額と代物との価格の差があり過ぎ著しく権衡を失する。これを認容した本件調停はこの点において公序良俗に反し無効である旨主張するけれども、仮りに控訴人等主張のような価格の差があるとしてもその故のみを以て直ちに本件調停を公序良俗に反する無効のものとすることはできない。
かく控訴人等主張の異議は理由がなく控訴人等の請求を棄却した原判決は結局正当であるから本件各控訴は民事訴訟法第三百八十四条によりこれを棄却し控訴費用の負担につき同法第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 磯村義利 西岡悌次 中島恒)